名付けの由来を訊ねたら、焼酎なんだって。
お酒ねぇ…
いくら好きだからって、我が子に付けるようなものなのか?
けど、ひとのことは言えん、実はウチの子も半分は酒で出来てます。
名前が、ですよ?^^;
以下、自分への戒めのために記しておきます。
被災者となられた方々に声を掛ける際、避けたほうがよい言葉の例。
色々あったけど命が助かったからよかったじゃない
早く元気になって
(被災者が失ったものを理解されていないと感じる)
頑張って
(頑張って疲れ切っているのに追い打ちをかける)
早く忘れて前向きに生きよう
(一生忘れられない体験をしている)
~3月24日付け日本経済新聞夕刊より~
助けたい、というこちらの気持ちをぶつけるのではなく、同じ視線で気持ちを受け止めよう。
そう、記事は続けております。
ところで、我が所属団体について。
上の方々の間では中止も考慮に入れた話し合いがもたれ、しかし予定通り「公演」を決行することにしたのだそうです。
プログラムには代表の言葉として「そのこと」に触れた一文が入る、とのこと。
先日は舞台稽古でした。
照明にも音響にも電気を使い、3月11日14時46分以前に立てた予定通りの練習を行いました。
日本の真ん中あたりの小さな組織では、そのような選択をいたしました。
私は、できることを今までと同じようにしています。
正確に言えば、今までよりは一割五分、自分のことを我慢し暮らしています。
でも、その「我慢」は結局は未来の我と我が子のためであり、多くを失った方々のために今すぐ何もできないことに、やはりもどかしくなったりもします。
被災地となった陸前高田市で医療スタッフとして従事なさった方のブログを読みました。
リーダーに登録してある数々のブログの中のひとつで取り上げられており、知りました。
そちらの管理人さん、日頃はドラマやアニメの感想をお書きなんですけど、唐突にそんな記事がポツリと。
3月28日付けの糸井重里さん「ほぼ日」でも触れられておりましたので、いろいろなところで紹介されているようですね。
実際に行動した方の言葉は重いです。
「テレビで映されているのは報道規制のなかの範囲内でそれでもあの映像」
この一文のところで、私は画面をスクロールする手が止まってしまいました。
読んでも大丈夫なのだろうかと思いました。
意外にも脆かった自分の内面にも気付かされてしまっていたので、敢えて読まなくてもよいのでは、とも考えました。
被災者でない者がきちんと支える側でいるためには自らは健康でいなければならないし、そのような自分を保つためにならば情報を遮断することだって必要なのではないかと。
それでも知りたいと思い、知っておかなければならないと思ったので、その先を読み進めました。
時間の経過と共に書き記された記録は、やさしい文章でした。
誰にでも伝わる平易さを持ち、書かれた方の優しさが行間から溢れ出る記事でした。
淡々と綴られる言葉と、その言葉が表している内容との落差に大きな塊を呑み込めないような苦しさを覚えながら、涙することも忘れて文字を追いました。
筆者の方は、医療スタッフのリーダーに決して泣くなと釘を差されたそうです。
でも泣いてしまった、とも書いてありました。
6歳の女の子のくだりでは、私も堪え切れなくなりました。
けれども、私は今も生きているので、泣いちゃいけないとも思いました。
この方が被災地から本来の生活の場へと戻られる日の記事で、直接の被災を受けなかった者の支援の形について述べていらっしゃるのですが、その中で三度、「支障のない程度に」という言い回しを使っておられるんですよね。
滞在延期を申請した際、これ以上いたら体調を崩すのは明らかだから一旦戻るべきと反対された、という体験をなさった方の仰ることなので、きっとそうなのだろうと思います。
支援する側が弱ってしまっては支援にならない、その通りです。
ですが、こと私に関して言えば、多少の「支障」は在って然るべきだと思っています。
間違っているのかもしれないけども、そう思ってしまいます。
私の書いているこのブログは、とある俳優に惹かれ、そのひとについての想いを語りたかったがために始めました。
諸事情により語るべき相手の演技活動が休止された中、それでも細々と続けてはおりましたが、ここへきて、いったい何をどう書いたものやらわからなくなってしまいまして。
今まで何をどう書いてたかってのに興味をお持ちの物好きなお方は、復活させたサイドバーのタグ一番上でもご覧ください、ソレ、全記事表示代用だから。
たいしたことは書いてない。
書きたいとも思わない。
思わなかったのに、何か書きたい、書かねばと思う、読むひとの心に灯りがともるような何かを。
きっとトンイちゃんを探しにいらっしゃる方が多いと思うんですよね、ここへは。
私ねぇ、好きではないのです、彼女のこと。
だから、そんなことばっか言ってる、もうずっと言ってる、一年になる;
ところが!
いいやんアレはアレで♪って思うんですよ、この頃は。
男心をコロコロと手玉に取ってくれそうな決めっキメの笑顔にも、ムカつくどころか、喜んで転がされたいわ♥とか。
いや、私は女だけどさ;
どうしましょ、って感じではありませんか、あんなに敵視してたのに。
もう私は彼女と「正しく敵対」なんて出来ないのかもしれない。
韓国ドラマだって、「正しく観賞」できないのかも。
フキンシンな人間でした、割と。
そうであってはならない(と私は思っている)職種につき、自分の中の誉められない感情はきちんと管理をし、このブログに、主に韓ドラの登場人物の心情になぞらえて発露することで、現実生活をより過ごしやすくできていた部分もありました。
今、不祥事を起こした俳優どころの騒ぎではない事態を前に、ただの自己満足でしかないブログを続ける意義を見出せなくなっております。
まともな記事を書いていたのならばいいんだけどさ…
復讐も野望も好物で、人間の善の中に潜む偽善を糾弾せずにはいられなかった私としましては、たとえ偽善でも(その例えがそもそも違うんだけど)実際に役に立つ人々とひきかえアンタは何なのさ、と鏡を前に思います。
だからって止めはしません。止めることはいつでも出来る。
止めはしないけれども、これまで以上に更新は滞ります。
書くことも違います。
…のかなぁ?
よくわかりません。
すみませんねぇ、こんなこと言ってて。
観れるひとはね、観たらいいと思うんだ。
書けるひとにも書いてほしい。
自分が出来へんことを他人サマには求めるってのはどーよ、とは思いますが;
読ませていただいているブログの中で更新が控えられていたいくつかが再開し、何だかとても嬉しかったのも事実なので。
それで元気になれるのならば、そっちのほうがそのひとのためだし、ひいては東のほうのためだ。
韓ドラに限らず、いわゆる娯楽と呼ばれるもの全般について、そう思う。
飲みに行ったっていいと思うよ、とオトタケさんには伝えたいわ、不謹慎厨なんかに負けるな~?
とりあえずワタクシ、水道水は飲んでおります。
ミネラルウォーター売ってないからね。
もちろん被災地に送られるために購入されていったのよね?ペットボトルくんたちは?
まさか押入れん中に隠してはいないだろうなぁ、中部地方の方々?
まぁ確かに、いろいろな可能性を考える必要はある。
可能性ではなく危険性と言うべきかもしれない。
我が家にも子どもは居ますからリスク管理は要るだろう。
後手後手の対応と言わざるを得ない現状では、このへんの平均よりは意識の上で若干過剰な程であるのかも。
自分の身は自分で守ることも大切だと思っている。
あれ以来、枕元には常にコートを置いて寝ている。もちろん非常持ち出し袋もね。
何かのご縁でココを訪れてくださったあなたへ。
ありがとうございます、私も、私の住む地方も変わりなく過ごしております。
元気かって問われれば、実はそれほどでもないんだけれども、そんなのはずっと以前からの個人事情なのでノープロブレム。
ナイショだけど、「白い嘘」だけはちゃんと観てます。
物語のキーパーソンなのだろうと思われる人物も登場し、目が離せません。
ヒロイン・ウニョンさん並びに彼女の父親@アン・ソクファン氏の、生易しくはない現実をも受け入れ、その上で、ベストではなくともベターな道を模索する前向きな姿にエールを送っております。
そういう物語に私には思えるのですが、ドラマ評などを読めばドロドロとか書いてあるのよね~。
そう?
まぁ爽やかとも言い難いけれど、私は好きな作品です。
最後まで見届けたいと思っております。
この長い作品を観終える頃までには、もう少し何かが変わっているのだろう。
ネットしてれば危険を煽る輩も多く、それがただの煽りではないのかもしれなくて、本当にこの生活をしていてよいものか迷うときもあるのですが、考えても仕方のないことは考えないでいようと思う。
無い知恵絞ってでも、今、必死で考えるべきこともあるとは思いますけどね~。
そういうことを語るブログではないので生半可な言及は避けよう。
あとは。
↓こんなのの他にも、

↓こういうのとか、

↓こういうのとかもあるそうで。

多少は無理をしてでもすべきことってのもあるような気がする私なのですが、献血による「無理」だけはできれば避けたい(前科アリなの…;)で、せめて別の事柄で励もうかと。
微々たるモンですけどね、一般人だし。
という訳で、本日のところはこれで。
またそのうち書くとは思いますが、ひとつの区切りとさせてください。
と言いながらも、決してゼロにはならない訪問者数に、どなたかは見ていてくださるってことだよなぁ、と再び迷うのですが。
年度の変わりめは忙しいのだ~っ。
どうかみなさま
ここではないところにも私はおります。
機会があれば、そちらでお会いしましょう。
今では疎遠となった知人宅の娘を思い出しながら、同じ名前のブログスキンに変えてみました。
まともな記事を書けないお詫びに、ブログには灯りをともしておきますね。
